あるお坊さんが亡くなって、閻魔(えんま)大王の前に
引き出されました。
閻魔大王は言いました。
「お前は生前何をしていたか」
坊さんは答えました。
「尊い仏法を説いておりました」
閻魔、
「お前の説いていた仏法とはどんなことか」
坊さん、
「諸悪莫作(しょあくまくさ)衆善奉行(しゅぜんぶぎょう)」
(もろもろの悪をなすなかれ、もろもろの善を奉行せよ)
それを聞いた閻魔大王は即座に言いました。
「地獄へ行け!」
坊さんは地獄に落ちることになりました。
閻魔の判決は、とやかくの沙汰はありません。
一言で結審してしまいます。
坊さんは自分がどうして地獄に落ちることになったか
わかりませんでした。
悲しみにくれながら地獄への旅をつづけ、三途の川に出ました。
その河原で一息入れて、涙にくれておりました。
そこへ地蔵菩薩が現れました。
坊さんは地獄に仏とはまさにこのこととばかり、
地蔵菩薩に今までのいきさつを告げて、
「どうしてわたしは地獄に落ちなければならないのでしょうか」
とたずねました。
すると地蔵菩薩は慈眼をもって坊さんを見つめて答えました。
「極楽へ行って善悪を説いても意味がないではないか」と。
坊さんは自らなすべきことに、はっと気がついて、
一声大きく
「諸悪莫作(しょあくまくさ)衆善奉行(しゅぜんぶぎょう)」
ととなえ、足取りも軽く地獄へ向かったということです。