エムスリーは2025年10月29日、「帯状疱疹ワクチンに関するメディアセミナー」を都内で開催しました。セミナーはZoomによるオンライン配信も行われ、医療関係者や報道関係者が参加しました。

登壇者は、愛知医科大学皮膚科の渡辺大輔教授、厚生労働省 健康・生活衛生局 感染症対策部 予防接種課 主査の竹内皓太氏、そしてM3(エムスリー)総研 副所長の松山亮介氏です。帯状疱疹の特徴から2種類のワクチン(「生ワクチン」「組み換えワクチン」)の効果とその違い、そして接種制度の課題まで、最新のデータをもとに発表と質疑応答が行われました。

■80歳までに3人に1人が発症 “身近なウイルス”の正体

帯状疱疹は、水ぼうそうの原因ウイルスが再び活動することで発症する病気です。渡辺教授は「子どもの頃にかかった水ぼうそうのウイルスは、治っても神経の奥に潜んでいます。年齢や疲れ、ストレスなどで免疫が落ちると再び活性化するのです」と説明しました。

帯状疱疹が発症すると、体の片側に強い痛みや発疹が現れます。中でも「帯状疱疹後神経痛(PHN)」は、皮膚が治っても3カ月以上痛みが続く後遺症で、生活の質(QOL)を大きく下げるとされています。「電気が走るような、焼けるような痛みを訴える人もいます。高齢になるほど治りにくく、80歳以上では3割がPHNになるというデータもあります」と渡辺教授は話しました。

最近では、帯状疱疹が脳卒中や認知症のリスクを1.1〜1.2倍に高めるという研究報告もあります。渡辺教授は「特に顔や目の周りに出た場合は血管に炎症が起き、脳に影響を及ぼすことがあります」と注意を呼びかけました。

■定期接種は始まったが……地域格差が鮮明に

2025年4月から、帯状疱疹ワクチンはB類定期接種に位置づけられました。対象は65歳、免疫が低下した60〜64歳、そして5年間の経過措置として70歳・75歳などが含まれます。努力義務はなく、希望者が自治体を通じて接種する仕組みです。国が費用の3割を補助しますが、残りは自治体と本人の負担に委ねられています。

厚労省の竹内氏は「インフルエンザやコロナワクチンと同時接種も可能です。対象年齢になった誕生日から接種できます」と補足しました。

しかし、これまでの接種状況には地域差が見られます。エムスリー総研の松山氏が示したデータによると、2024年には月8,900人だった接種者数が、定期接種化後の2025年には18万人超と20倍以上に増加した一方で、接種率は全国平均15.2%にとどまりました。

都道府県別に見ると、最も高い長野県が25.4%、最も低い愛媛県が10.1%と、2.5倍の差がありました。背景には費用と情報の格差があります。松山氏は「自己負担額は『組み換えワクチン』で最大3倍違います。新潟県は1万8,150円、和歌山県は6,000円です。さらに、自治体からの案内が届いていない地域もあります」と分析しました。

■接種率向上のカギは「情報の届け方」

松山氏は「費用負担の軽い自治体ほど接種率が高い傾向がありますが、同じ自己負担でも広報が行き届けば結果は変わります」と指摘しました。実際、上位5県の自己負担平均は6,640円で接種率が高く、下位5県は1万1,500円と高額な傾向でした。「費用と周知の両面で改善が進めば、下位となっている自治体もまずは全国平均の水準まで引き上げられるでしょう」と松山氏は展望を述べました。

トークセッションでは、実際に接種を検討する上でのアドバイスも共有されました。渡辺教授は「50歳を過ぎたら一度は検討してください。糖尿病やがん治療中など免疫が下がりやすい人は特にリスクが高いです」と強調し、「効果の高い『組み換えワクチン』を推奨しますが、『生ワクチン』も有効です。医師と相談して自分に合った方法を選んでください」と呼びかけました。

■患者視点の情報発信へ “正しく知る”が第一歩

セミナーを主催したエムスリーは、これまで製薬企業向けの支援事業を中心に展開してきましたが、今回の取り組みでは患者目線での社会的発信を強化します。医師30万人超が登録するプラットフォーム「m3.com」と、今回発表で用いた独自の医療データを生かし、自治体・医師・患者の三者をつなぐ情報循環を目指すとしています。

松山氏は「ワクチンは“知っている人”だけのものではなく、誰にでも関係があります。データを正しく伝えることが、最も大きな予防策になります」と語りました。今回の定期接種は65歳以上が対象ですが、帯状疱疹は決して高齢者だけの病気ではないことも強調されました。

SNS上では、「仕事のストレスで発症した」「疲労が続いた後に発症した」といった声も多く見られ、免疫力の低下が主な原因とされています。まだ確定的なデータはありませんが、これは子育てや仕事に忙しい30〜50代の現役世代にこそ注意が必要であることを示唆しています。松山氏は「帯状疱疹になった場合、どの診療科にかかればよいか──そうした基本的な情報もまだ少なく、ようやくデータとして整理が進み始めた段階です」と述べました。

帯状疱疹は小児期にかかる水ぼうそうのウイルスが原因である以上、年齢を問わず誰にでも起こりうる疾患です。今回示されたデータは、そのリスクを社会全体で見直す契機となりそうです。

帯状疱疹の定期接種化から半年。制度の整備に加え、正しい情報をどのように届けるかが今後の課題となります。エムスリーは今後もデータ分析をもとに、自治体や企業と連携しながら、患者目線での情報発信を強化していく方針を示しました。今回のセミナーを通じて見えてきたのは、ワクチンの効果だけでなく、地域間での“知る機会”の差です。その是正が帯状疱疹を防ぐための、もう一つの大きな鍵となりそうです。